第1回 愛・理性・勇気〜与謝野晶子伝説 その1
語り手：大江戸蔵三都内の某新聞社に勤める整理部記者。三度のメシより歴史が好きで、休日はいつも全国各地を史跡めぐり。そのためか貯金もなく、50歳を過ぎても独身。社内では「偏屈な変わり者」として冷遇されている。無類の酒好き。
聞き手：杉並なぎさ都内の某新聞社に勤める文化部の新米記者。あまり歴史好きではないのだが、郷土史を担当するハメに。内心ではエリートと呼ばれる経済部や政治部への異動を虎視眈々と狙っている。韓流ドラマが大好き。
サイテー男は昔から？
こんにちは、大江戸さん。文化部の杉並です。今度都内版で「与謝野晶子の伝説」っていう企画を始めるんですけど「そういう企画なら、まずは大江戸さんに聞いてこい」ってウチのデスクが言うもんですから、整理部の方へお邪魔したっていうワケです。それにしても、大江戸さんって変わった名前ですね。なんかの芸人みたい。
それは江戸屋猫八のことか？失礼なヤツだな。キミだって売れないアイドルみたいな名前じゃないか。ワタシはこう見えても忙しいんだよ。キミと付き合ってる時間なんかないの。さぁ、帰った、帰った。
まぁ、そう言わないで。タダでお話を聞こうなんて思ってませんよ。デスクが「蔵三さんの好みだから探してこい」って言われて、これを苦労して見つけてきたんですよ。
おおっ、これは「香露」の大吟醸じゃないの！熊本酒造研究所、協会9号酵母発祥の蔵だよ。いやぁ、これが飲みたかったんだよ。キミも生意気なだけかと思ったら、結構いいとこあるじゃないの。ところで、何を聞きたいんだっけ？
「与謝野晶子の伝説」っていうテーマです。与謝野鉄幹・晶子夫妻が、晩年を荻窪の家で過ごしたということで、え〜と、「日本の近代女性の先駆けであった与謝野晶子、その知られざる生涯を現代に蘇らせよう」という企画です。
何だよ、棒読みじゃねぇか。企画書をそのまま読んでもしょうがねぇだろ。だいたいキミ、与謝野晶子についてどのくらい知ってるの？
えへへ。実は良く知らないんですよ。教科書に載ってた「キミシニタモウコトナカレ」ぐらいかな。これって、有名な反戦の詩ですよね。
世間一般ではそういう認識なんだろうけど、別に晶子は反戦思想の持ち主だったわけじゃない。戦争賛美とも受け取れる歌も随分作っているし、日本軍の満州進出にも肯定的だった。そういう意味では「君死にたまふことなかれ」は、晶子の、ほんの一面に過ぎないんだ。
え〜、知らなかった。反戦活動家としての晶子とか、鉄幹との夫婦愛とか、自立した女性とか、そういうイメージで構成していこうと思ったのにぃ…。
あはは。美しいイメージを壊して申し訳ないね。夫婦愛って言うけど、最近、モデルと料理研究家に二股かけて、日本中で批難されたイケメン俳優がいただろ。でも、あんなのは与謝野鉄幹に比べたら可愛いもんだよ。女学校の教師時代に教え子2人に手を付けて、それぞれとの間に子供まで作ってるし、晶子だって2人目の奥さんがいたときの不倫相手だからね。
うわ〜、サイテー男じゃないですか。
歌人としての才能はあったけどね、とにかく病的に女癖が悪かった。しかも、全然仕事がなくて収入もなかったのに、12人も子供をつくって、生活費は殆ど晶子に任せていた。
それって、いわゆるヒモってこと？
まぁ、ヒモと言われても仕方ないかなぁ。晶子が必死になって稼いだカネでパリに行ったりして、そういう意味ではヒモ冥利に尽きるね。でも、起死回生を狙った訳詞集は話題にもならないし、選挙に出れば落選するし、とにかく運のない人だったんだけど、晶子はそんなダメ夫を献身的に支えたんだな。
う〜ん、でも素直に美談とは言えないような…。
でもね、鉄幹がダメだったせいで、晶子はとにかく稼がなくてはいけなかった。だから、とにかく生涯書きまくった。基本は歌人だけど、歌だけで5万首、他にも膨大な数のエッセイや評論が残っている。加えて、源氏物語の現代語訳という偉業を成し遂げた。だから、自立した女というより、闘う女というのが晶子にはふさわしい。
なんか、晶子さんのイメージが変わってきたなぁ。
もちろん、膨大な晶子の作品を鑑賞するのも大事だけど、晶子の人生そのものがひとつの「作品」とも言える。夫の才能とダメさ加減をまるごと受け入れながら、11人の子供を育て上げた「母性」もあれば、性の悦びをそのまま表現して見せる「官能」も持ち合わせている。そして、その両方を併せ持つのが女性であるという事実を、男性社会に突きつけるところから女性の解放が始まるわけ。
今だったら当たり前になってることでも、当時は凄く反発があったでしょうね。
想像を絶するバッシングがあったと思うよ。でも晶子は逃げずに立ち向かった。堺のお菓子屋さんの娘が、どんな経験を経て日本を代表する歌人になり、女性解放の闘士になったのか、次回からおいおい話をしていこうじゃないの。その前にコイツを一杯。
え〜、まだ仕事中じゃないですか…。
